隕鉄とは
隕鉄とは、主に鉄とニッケルを主な成分とする宇宙から飛来した隕石です。
その歴史は紀元前5000年ころまで遡り、メソポタミア地域の出土品から発見された装飾品が隕鉄だと判明しています。ニッケルの含有率で鑑別され、数%以上のニッケルを含む鉄鉱石は隕鉄と呼ばれます。地球で産出される鉄鉱石はニッケルの含有率が1%未満で、隕鉄は地球では産出されません。隕鉄は数%~20%程度のニッケルを含みます。
隕鉄は約100万年かけきわめてゆっくりと冷却され形成された模様を有しています。地球の環境での再現は不可能です。
それゆえ、宇宙が創り上げ、神秘的なパワーを持つとされてされています。
隕鉄を用いて作られた隕鉄刀
製鉄技術がなかった古代、武具の素材として珍重されていました。推定紀元前24世紀ころに作られたトルコのアラジャホユック遺跡の王墓から出土した剣が世界最古の剣とされています。古代エジプト王・ツタンカーメン王の副葬品の短剣も素材が隕鉄であることが明らかとなっており、大変貴重なものであったことが分かります。19世紀初頭、ロシアを統治したロシア皇帝・アレクサンドル1世が、隕鉄でサーベルを作らせました。
それに関心を寄せたのが、幕末から明治時代にかけて活躍した榎本武揚です。
榎本武揚と流星刀(りゅうせいとう)
榎本武揚は、駐露公使時代(1874-1878年)にロシア皇帝の秘宝として作られた隕鉄製の刀に感動しました。
そして、いつか隕鉄石で作られた剣を持ちたいと強く思うようになりました。
帰国後、1890年頃、富山で発見された隕石(後の白萩隕鉄1号)を私費で買い取り、刀匠「岡吉国宗」に作刀を依頼。
日本初の隕鉄を使った日本刀製作となりました。しかし、隕鉄は脆く加工に困難を極めました。そこで、日本刀の素材である玉鋼(たまはがね)と混合(隕鉄70%程度)して鍛造。
5振が完成し、榎本武揚により「流星刀」と命名されました。
長刀1振りは、皇太子(のちの大正天皇)へ献上されています。
他、長刀1振りは東京農業大学へ寄贈、短刀2振りは富山市科学博物館と龍宮神社に所蔵にされています。(残りの1振りは戦時中に紛失されたと言われています。)
そして、現代まで刀匠によって「流星刀」
※1として、その技術は伝承されています。